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Interview_09

黒飛 忠紀さん

「繋がりは、この瞬間、この場所から」

 京都造形芸術大学芸術表現・アートプロデュース学科(通称ASP学科)の学生が中心に運営しているギャラリースペースARTZONEで専任職員をされている黒飛忠紀さんにお話を伺いました。いくつもの事柄が目まぐるしく飛び交っているARTZONEの中で、いつも爽やかな笑みを浮かべ、サクサクと学生を仕切るそのエネルギーは一体どこから湧いてくるのか、そしてどのような経緯で現在に至ったのか等、男の“アツい”話をお聞きしました。

ARTZONEで働く

——忙しい中、昨日は久しぶりの休みだったとお聞きしました。

   4週間ぶりだったかな。これだけ休みなしで走ったのは久しぶりでした。ARTZONEⅰで働いていると土日もあまり休めないです。展覧会の会期前後には搬入・搬出があって、場合によっては会期中にイベント、ワークショップもあります。またARTZONEでは、他にも常に展覧会が三つぐらいは同時に進んでいるので、色々ミーティングを入れたりすると結局休みがないですね。

—ARTZONEでなさっている仕事は、具体的にどのようなものでしょうか。

 分かりやすく言うと、ARTZONEの管理・運営です。学生たちが何かアクションを起こしたり考えている事に対して、一緒に考えたりアドバイスをしたり、ストップをかけたりしています。ARTZONEを実質的に動かしているのは学生で、僕はちょっと引いて全体を見る役です。それ以外には、年間の予算やスケジュール管理、また展覧会ごとの資料をチェックしています。一つ一つの事柄は学生がやっているけれど、それを全部集めて何かにするのが僕の仕事ですね。また、毎週火曜日と木曜日は大学でARTZONEの定例ミーティングがあって、その他にも各展覧会のミーティングや大学の職員たちでの打ち合わせなどが入っているので、搬入・搬出をする時以外はほぼ大学に来ています。

 

「僕に仕事ください!」の一言から

——黒飛さんがこの大学に来てARTZONEで働き始めたのは2010年度からですね。今年で3年目という事ですが、それまでの流れを教えてください。

 僕は大阪芸術大学の芸術計画学科出身で、個人の制作をしながら錦影絵ⅱというプロジェクトをずっとやっていて、そこで企画を考えたり運営する事に魅力を感じました。卒業するまで就職活動は一切していなかったのですが、卒業間際に北川フラムⅲさんの講演を聞く機会があり、それにすごく刺激を受けて、その講演会の後フラムさんに、名刺もなかったのでとりあえず紙をちぎって電話番号と名前を書いて「僕に仕事ください!」と渡しに行きました。

それで、大阪でアートプロジェクトをされている雨森さんⅳという方を紹介してもらって、卒業した1年目は、その雨森さんがディレクターを勤めるBreakerProjectⅴでお世話になりました。同時にコーナンでアルバイトもずっとしていました。そして2年目には、水都大阪2009ⅵで藤浩志さんⅶというアーティストのチームのサブディレクターをさせてもらいました。そこでフラムさんと一緒に仕事ができました。フラムさんが一番上に立つ人で、僕は一つのセクションのサブディレクターをさせてもらっていたから距離は遠かったけど。その後、水都からの繋がりで、大阪のパナソニックⅷで人生初の展覧会をさせてもらったり、「OSAKA光のルネサンス」ⅸの仕事が来たり。その頃に、京都造形芸術大学ASP学科の山下先生ⅹから「来年からARTZONEで働かないか」というお誘いをもらって、BreakerProjectの2年目が終わってからここに来ました。

   

一つの目標に向かって

——講演後に「仕事ください」と言いに行く行動力がすごい思います。仕事する上で、皆の意見をまとめたり何かを決めたりする時のコツなどありましたら、ぜひ教えて頂きたいです。

 僕は自分ではそういうの下手だと思っていますけどね。話も長いし。でも性格上、「早く決めたい」、「早く動かしたい」というのはあります。アーティストにしても裏方にしても何かを作る事には変わりないと思っていますが、作る人ってすごくせっかちな人が多いと思うんです。もちろん悩んだり考えるのも大事だけど、もう答えが出ていてそこは考えても仕方ないと思ったら容赦なく進めます。たまに喧嘩になって揉める事もありますが、喧嘩するのは好きですね。好きというか嫌いではない。みんなで目標が達成できた時の感動がいまだに忘れられないから。自分が何をするべきかという考えがハッキリしたらブレないし、みんなが一つの目標に向かえていたら、仕事って本当に楽しいと思います。

——仕事をする上で、何かポリシーはありますか?

 自分で決めた事を途中でフェードアウトする人も多いと思いますが、僕は意地でもやり通します。でないと、決めた事に対しての責任は果たせない。決める事よりも、決めた後にどう腹括って決着つけるかが大事だと思うんです。卒業してからいくつか決めた事があって、まず来た仕事は絶対断らない事。たとえお金が出なくても。もう一つは、「出来ません」と絶対言わない事。それで色々知識が付きました。例えば、電気の事なんか全然知らないのに「出来ます」と嘘付いて自分で色々調べてやったけど、調べきれずに感電したこともあります。でも、こうなったから感電したんだと、そこで勉強になりますよね。

 

「あいつに頼めばどうにかなる」という人でありたい

——ARTZONEでは学生と関わることが多いと思いますが、学生に対してどう思われますか?

学生に対しては、基本的に「いいじゃん、やりたい事やれば」という考えです。無責任な言い方かも知れませんが、責任持ってやれるやつが決めたのなら僕はそれで良い。もしそれが間違っていて「ちょっとしんどいぞ」と思っても、最後までやれるのだったらそれで良いと思います。けど、言ったならやれよと。それだけかな。結局はそれが信頼関係に繋がると思います。技術、知識、経験、色んなものが要るけれど、最後は人間関係も含めての信頼関係だと思っているので、僕は「あいつに頼めばどうにかなる」とか、ピンチの時に「あいつに連絡してみよう」という人でありたい。

アートの世界って限りなく狭いけど、その入り口は広くて、そこで残っていくためには信頼関係だと思っています。だから来た仕事は責任持って最後までやる。もし迷惑かけたとしても、「またこの人と仕事したい」と思ってもらえる為にどれだけ挽回出来るか。自分に何が出来るかを考えて、それで全力で返します。自分がしんどくても、寝られなくても、お金なくなっても、そこはあまり気にしません。気にしないというか、そこで返せないのが一番情けないと思います。だから、ちょっとしんどいからといって「用事があるんです」と帰るのは絶対嫌。寝ずにそれが出来るのだったら行きます。それは絶対誰か見てくれている。不器用ながらも生きて来られたのは、やっぱり周りに助けられたからだと思います。

——「自分に出来る事を、最後まで責任持ってやる」ということですね。ARTZONEに関しては何か思う事ありますか?

 ARTZONEは、授業の一環として学生が運営しているけれども、社会の一部である事は間違いないので、中途半端にやって失敗するのは良くないけど、一生懸命やって失敗するのは良いと思っています。100点を取るのはプロの世界でも難しいと思うし、大事なのは「如何に100点を取ろうとするか」という事だと思います。100点を目指して頑張る姿勢や態度があれば、結果20点でも僕はそれで良いと思います。

 

ARTZONEの舞台監督

—以前、将来は舞台監督になりたいという話を聞きましたが、今はどうですか?

 今もそうなんだと思います。大学の頃やっていた錦影絵というプロジェクトは、完全な舞台ではないけれど舞台に近いスタイルのものでした。僕はそこからアート界に入って来たので、アートは嫌いじゃないけど大好きでもなくて、単純に何か一つの事を作っていれば幸せだと思っています。今後はまた舞台の仕事に戻りたいという気もしますね。でもある意味、今も舞台監督なのかなと思います。ARTZONEの。舞台監督は舞台に入ってする事は何もなくて、事前にスケジュールを立てて、それが上手くいっているか確認するのが仕事だと思うんです。今はその各セクションが学生で、僕は手を動かさないけど危なかったら手伝うし、全体が順調に進んでいるか確認する。もし自分の指示が間違っていたらARTZONEという組織全体が大変な事になるので、そこで求められるのは正しい決断力。そういう意味でも良いトレーニングになっていると思います。

——そもそも芸大に入ろうと思った理由は何ですか?

 僕はずっとゆずのファンで、高校3年生の時にライブに行ったら、ちょうど僕の後ろが音響や照明のクルーのエリアだったんです。そこで「ライブって、ゆず2人だけじゃなくてこれだけの人がいてできるんだなぁ」と感動しました。それがきっかけで音響をやりたいと思ったので、それを学べる大阪芸大を選びました。

 

仲間と遊べるから、次の日も頑張れる

——その経験が現在に繋がっているわけですね。改めて、とても真っ直ぐで熱い方だなと思いました。ちなみに仕事の時以外はどうですか?

 普段は仕事の時よりバカしていると思います。コーナンでバイトしていた時のツレがいて、僕と同い年が1人と後輩が2人なのですが、仕事が終わったらそいつらと遊べるので、また次の日もなんとか頑張れますね。タクシーか終電で帰って深夜1時2時でも、そこから朝5時、6時ぐらいまで遊んで、ちょっとだけ寝て仕事に行くとか。逆に遊ばないとしんどいですね。遊ぶと言ってもメシ食いに行って、どこかでコーヒー飲みながら喋るぐらいですけど。あいつらがいてくれるから僕がなんとか保たれていると思います。この前は僕の家の近くの河原に行って、そこで熱燗を作って飲んでいたんです。それでベロンベロンになって、テンションが上がり過ぎてしまったのか「バク転するわ」って言って(笑)。酔っているから出来ないんですよ。そのまま頭から落ちて血出るし、着地ミスって足の指折るし。そんなバカな事ばかりしています。

 

ついて行きたいと思える人

—仕事で忙しい中でも楽しくリフレッシュされているんですね。今の話を伺ってもそうですが、黒飛さんは仕事でもプライベートでも、人との繋がりを大切にされている気がします。

 それは大事ですね。この仕事をしていきたいという気持ちはあるけれど、最終的には何でも良くて、ただそこに「この人について行きたい」と思える人がいるかいないか。例えその人が仕事出来なくても、人間的に何かもの凄い魅力を感じたら僕はその人について行くし、その人を全力で助けると思います。フラムさんの時みたいに人との出会いもそうですが、まず動かないとダメだと思います。チャンスはいつ来るか分からないし、せっかくのチャンスを殺したくない。「あの時行っときゃ良かった」とは絶対思いたくないので。

 地元の祭りが大好きだという黒飛さん。鬼の面をかぶって喧嘩をするその祭りで鬼になる事が子供の頃からの夢で、お面を彫った人が鬼になれるという話を聞いてからは、夢中になってお面の制作に取りかかったと言います。好きな事に一直線で、仕事にも遊びにも真っ直ぐな黒飛さんのお話を伺って、「人と繋がる」ということを改めて考えさせられました。何かを作る事はひとりでも出来るかもしれない。しかし、ものは作って終わりではなく、皆の目が触れるところまで届けてくれる人、そしてそれを見てくれる人がいるから、アートの世界は成り立っています。だから黒飛さんには、これからものづくりに関わって生きていこうとする芸大生の先輩として、カッコいい兄貴として、その背中を見せ続けてほしいと強く思いました。(イム イエヒョン)

Profile

黒飛忠紀 くろとびただのり

1985年広島県呉市生まれ。大阪芸術大学芸術学部芸術計画学科卒業。京都造形芸術大学芸術学部芸術表現・アートプロデュース学科内で運営するギャラリースペースARTZONEの職員。

Interview!vol.1 誌面

Interview! vol.1 誌面

ⅰ 京都造形芸術大学の学生によって運営される実験的なスペース。河原町三条という京都の中心街にあり、展覧会、ワークショップ、音楽イベント、トークショー、出版物など、さまざまな企画を学生自らが立ち上げ、実施・運営している。http://www.artzone.jp/

ⅱ 「錦影絵」は、手漉き和紙を横繋ぎに貼り合わせたワイドスクリーンの裏側から、数台の「風呂」とよばれる幻燈機を操作して映すリヤプロジェクション方式の影絵芝居。江戸時代の大衆娯楽。アートプロジェクト・錦影絵は、「錦影絵」を日本のアニメーションの原点として捉え、その創造性と芸術性を再認識することを目的とするプロジェクト。影絵池田組:http://nishiki-kagee.com/

ⅲ アートフロントギャラリーを運営すると共に、アートディレクターとして国内外の美術展、企画展、芸術祭を多数プロデュースする。1997年より越後妻有アートネックレス整備構想に携わり、2000年から開催されている「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」では総合ディレクターを務めるほか、瀬戸内国際芸術祭でも総合ディレクターを務めた。

ⅳインディペンデントキュレーター。アートスペース虹、NPO法人記録と表現とメディアのための組織で、主に映像表現に関するリサーチ、上映会、展覧会の企画を行う。大阪市文化事業Breaker Projectのディレクター。

ⅴ 2003年より大阪市の文化事業としてスタート。芸術と社会をつないでいくことを目的とし、表現者と鑑賞者双方にとって有効な創造活動の現場をまちの中に開拓していく地域密着型アートプロジェクト。

http://breakerproject.net/

ⅵ 生命の源である水、人間活動の場としての川をいま一度見直し、大阪が誇るべき資産である「水の回廊」を活用し、「水都大阪」再生の街づくりムーブメント。

ⅶ 美術家、十和田市現代美術館副館長。京都市立芸術大学大学院美術研究科修了後、パプアニューギニア国立芸術学校講師、都市計画事務所勤務を経て藤浩志企画制作室を設立。対話と地域実験の場を作る美術類のデモンストレーションを実践。

ⅷ パナソニック株式会社(Panasonic Corporation

ⅸ 中之島の大阪市役所前~中之島公園で開催されるOSAKA光のルネサンス実行委員会主催のイルミネーションイベント。

ⅹ 京都造形芸術大学芸術学部芸術表現・アートプロデュース学科准教授。アートジャーナリストとして、主にアートと社会の関係をテーマに執筆、プロジェクトを行う。

本文中の役職、肩書き、固有名詞、その他各種名称等は全て取材時のものです。

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