Interview_08
都築 潤さん
社会の中で自分の絵をどうやって評価してもらうか
イラストレーターであり、京都造形芸術大学情報デザイン学科の教員をつとめる都築潤氏。どんな思いでイラストレーターになったのか、絵に対する悩みはないのか。彼の授業を受けている情報デザイン学科イラストレーションコース所属の学生、松浦由奈が聞いた。
「イラストレーター」
——先生は武蔵野美術大学のご出身だと伺いましたが、美術大学を目指し、イラストレータになったきっかけは何だったんですか。
入学したきっかけは友人に誘われたからです。武蔵野美術大学では空間デザインの学科にいて、絵とはあまり関係ないところでした。僕が絵を描き始めた当時、コンペに応募する事がすごく流行っていました。その流行に乗って僕も作品を出していたらある時入賞をすることができたので、そこからイラストレーターになったという感じです。
——ということはイラストレーターになろうとしてコンペに出していたという訳でもなかったんですね。
そうです。だけど客観的に自分の作品を評価してもらいたいとは思っていました。
——絵を描くことは昔から好きだったんですか。
描くのは好きではなかったんです。どちらかというと観るほうが好きでした。特に、チラシなどに印刷されているイラストレーションが好きでよく集めていました。文字と絵のバランスを見て、分析する事が好きだったんです。要はイラストのマニアだったんです。でも、線でチマチマと描くのは割と好きだったかも。手先でチョコチョコと描いているのが自分では「上手いな」「リアルだな」なんて思って描いたりしていました。
——そうだったんですか。 でも、絵を描くのがあまり好きでは無かったのに絵の仕事をするのは辛くないですか。
イラストレーターの仕事はとても好きです。仕事の場合「これを描いてください」と描くものを指定されることがほとんどなので、何を描けばいいか考えずに済みます。そこがすごく楽です。それから僕の絵はよく「自由に描いて楽しそうだね」と言われますが、広告なんか特に、想像以上に縛りが多いですよ。でも絵がいびつになってそれがばれたらダメでしょ。ほんとうに楽に描いているように見えないと。そこはテクニックです。あとは、自分のホームページⅰで、自分の絵をどうやって整理すれば使ってもらえるかを考えて、作品を分類するのも楽しい。それをどういうものに使えるかという プレゼンテーションしたり。そういうのもイラストレーターとしての自分の仕事の一部です。
大学で教える
——都築先生は学生に何を伝えたくて大学の先生になろうと思ったのですか。
前に予備校の講師を20年近くやってましたけど、大学の先生になろうと思ったことはありません。それとは関係なく伊藤桂司先生ⅱの紹介でこの大学に来ました。そこでの話し合いで、絵を描く基礎というか没頭する姿勢とか面白さを、大学に入ってきたばかりの学生に教えてほしいということになったんです。それを予備校でやっていた課題を応用してやっています。大学と予備校とでは目的が違いますけど。
——予備校の授業は大学受験が目的なのに対して、大学では表現とは何かを追求するのが目的だからですね。
そう、予備校では試験で点数が取れる作品が描ければいい。でも大学ではスケッチや素早いドローイング、あるいは観察を通して持続的に取組むことで、絵を描くといってもその方法が様々であることを知ってもらおうと思ってます。描くってどういうことなのか、絵って何なのか的なことです。制作の基盤となる時期の1年生に対しては、そういうものづくりの最初の段階で、持っているととてもお得でその後が楽になる、コツのようなものを教えているつもりです。
——以前3年生の授業の中で、高校からそのまま上がってくるのではなく、大学に入る前にいったん社会に出てから入って来た方がいいとおっしゃっていた事があると思うのですが、その時はどういう事を教えようと思われていたのですか。
社会や組織に入って初めて分かることが山ほどあって、それへの対応を知りたいという欲求で体が充満してから大学に来ると、磁石みたいにいろんなものを吸いつけるように学習できます。だから学生の間にその状況に近づけるよう、3年生には、現実のイラストレーターやデザイナーって一体どんな仕事なのか、人間関係の不可解さ、お金はどうまわっているのか、作品は世の中でどう評価されるのかという事を伝えたいです。1年生には基礎、3年生には社会状況を伝える、今のところその2つが大学での僕の役目だと思っています。
社会とイラストレーション
——2011年3月11日の東日本大震災の影響を受けて、制作に関して大きく変わったことはありましたか?
仕事の発注に影響が出ましたが、自分の仕事に対する気持ちを大きく変えるようなことはあまりありませんでした。ただ、行動そのものをしっかりさせる気持ちや緊張感は高まりました。例えば義援金を送ったり、食料品や生活用品を買いだめしないようにしたり、署名に行ったりとか。ぼくは東日本大震災のことを、自分の制作活動や仕事と必ずしも結びつけるべきだとは思っていません。もちろん要請があれば喜んで参加しますが、それよりもまず個人として何ができるかが大事だと思います。
——イラストレーション業界への震災の影響はどうだったのでしょうか。
イラストレーション業界というのはありません。予算の出所がさまざまあってそこを中心に業界というものが成立ってると考える方が自然で、さまざまな業界にそれぞれ活動の拠点を置いているデザイナーやイラストレーターがいると言った方がしっくりきます。今回の震災に関しては日本の経済全体が影響を受けましたから、必然的にイラストレーションの世界にも影響がありました。企業自体がダメージを受けたこともそうですが、広告業界をはじめ自粛による影響がとても大きかったと思います。また、震災以前にも2006年の金融緩和の解除、2008年にはリーマンショックがありましたから、こうした節目で影響はかならず出ます。
——経済とイラストは密接に関係しているんですね。
もちろんです。たとえば自分のイラストによる収入は、過去20年間の株価指数のグラフときれいに連動してますし、イラストやデザインの多くが経済と密接に関係してるのは明らかです。つまりその人のキャリアやいわゆる実力だけで、受注の量や質、ギャランティなどが決まるものではありません。それを知らないでイラストレーターになってしまうと、不必要に困ることは多いです。だからイラストレーターを目指す人には、社会の仕組みもちゃんと知っておいて欲しいですね。
——私はイラストレーションコースで学んでいるのですが、社会に求められている物が分からないから自分が絵を描く理由を見失いそうになる事がよくあります。先生はそういうことは無かったのですか?
イラストレーションは仕事として割り切って考えています。つまらなくてもお金のためにやっている、という意味じゃないよ、念のため(笑)。イラストレーションは経済や社会、マスメディアといった外的な要因と密接なので、個人的な絵の問題とは切り離して考えることを勧めます。ぼくにも「この表現が認められたからイラストレーターとしてやっている」という一念で描いていた時期があり、その思いに圧迫されていきました。受注の変動で自信を深めたり失ったりして、精神的にものすごく消耗した時期があったんです。そのうち景気との相対関係が分かってきて楽になった。楽になったら、ほどなくイラストレーションの問題と絵の問題を切り離すことがきた、というよりパカッと音をたてて離れたんです。離れた要因のもう1つはデジタル。実は経済よりこっちの方が大きいけどね。そのおかげで、イラストではデザインやメディア上の機能や目的、そのための手段を考えることが面白くなってきた。イラストレーションと絵一般の双方に取組む別々の問題が見えてきて、だから今は両方とも楽しいですよ。いや、片方はけっこう骨が折れるか。
——イラストレーション問題と絵の問題を切り離せた決定的なきっかけはあったんですか。
さかざきちはるさんⅲのインタビューを例にあげましょう。さかざきさんがステイショナリーの会社で働いている時の仕事を見せてもらったのですが、そこの商品の封筒や便せんに、触れると壊れそうな繊細なタッチでスタティックなイラストレーションを描いていました。でもそのかたわら趣味で全くタッチの違うコミカルなペンギンの絵を描いていて、時々絵本をつくっては展覧会をしていたんです。見せてもらってすぐに、その目指す領域の違いの中でバランスをとっているのが伝わってきました。やっぱり多かれ少なかれ表現者には複数の領域があったほうが精神衛生上良いんだと、その時も思いました。
——さかざきちはるさんは先生が編集をされた『日本イラストレーション史』ⅳという本の表紙のイラストを描いていらっしゃる方ですね。
はい。『日本イラストレーション史』という本は、「今はイラストレーションの時代じゃない」ってことをあらためて言いたくて書いたような本です。同じ業界の仕事だけ普通に待っていたら、経済的にはほとんど成り立たないですよ。ずっと前から実はそうです。デザイナーやアートディレクター、分筆業をやりながらイラストレーションを描いたり、あるいはこの先の未知のスタイルをつくる気持ちでないと。フリーのイラストレーター、「どフリー」って僕よく言ったりするけど「どフリー」で良いのか、それともデザインや執筆も一緒にやるのか、または業界間や表現領域を越えてやるのかで話はまったく変わってきます。
今後の目標
——最後に、自分はこれからこういう風に生きたいと思っていらっしゃる事やこれからの目標を伺いたいです。
こういう質問結構困ります。今までも目標とかって無かったから。
——流れに乗って行ったらここまで来たという感じですか。
ぼくは目標の話をする時いつも「目標はないけど、問題があります」と答えてます。イラストレーションと絵一般について、考えなきゃいけない別々の問題をかかえているという意味で、それを地道にやっていきながら、双方を仕事や展覧会、学校のカリキュラムの中で表現していこうと考えています。またそういう環境の中でうまい循環をつくっていければと思います。
——なるほど。今回お話を聴かせていただいて、私がイラストレーションに対して抱えていたモヤモヤとか問題がだいぶ解消されました。
あっそうなの、よかったね。
——はい、今日はとても楽しいインタビューでした。お忙しい中ありがとうございました。
今、自分が学んでいることに疑問を感じていた。私はイラストレーションや絵を描く力を学んでいるが、それが社会という場所でどう求められているのだろうと。しかし今回、先生のお話を聞いて思った事がある。私は絵を描くことだけを学んでいる訳ではない。絵を売る方法を学んでいる訳でもない。絵を描くこと、絵を売る方法を通して、「自分の力を売る方法」を学んでいるのだ。自分の内にあるものを形にした「作品」は自分自身である。「作品」を人に求められるものに仕上げるということは自分を洗練していくことと同じではないだろうか。芸術を学ぶ意味はそこにあるのだろう。(松浦由奈)
Profile
都築 潤(つづき じゅん)
1962年東京都生まれ1986年武蔵野美術大学芸能デザイン学科卒業。日本グラフィック展、日本イラストレーション展、ザ・チョイス年度賞、年鑑日本のイラストレーション、毎日広告賞、 TIAA、カンヌ国際広告祭、アジアパシフィック広告祭、ワンショウインタラクティブ他で受賞。アドバタイジング、インタラクティブ、エディトリアル等、種々のデザイン分野でイラストレーター、イメージメーカーとして活動。
京都造形芸術大学・情報デザイン学科准教授。
ⅱ京都造形芸術大学情報デザイン学科教授。
ⅲ絵本作家・イラストレーター、東京藝術大学美術学部デザイン科卒1998年よりフリーのイラストレーターとして活躍中。
ⅳ日本のイラストレーションの歴史を1950年代から現代まで網羅した保存版の一冊。イラストレーションの歴史を知るうえで欠かせないキーワードと、山口はるみ、湯村輝彦、日比野克彦、長岡秀星など11名のイラストレーターのインタビュー で、約60年間の時代動向を振り返る。2010年、美術出版社発行。
Interview! vol.1 誌面
取材時の様子
本文中の役職、肩書き、固有名詞、その他各種名称等は全て取材時のものです。
イラストギャラリー
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